
密厳院は、千百年以上も昔に開創されたといわれている、歴史のある寺院です。 | |
密厳院の概略東海道線のガードの前の大森銀座商店街を抜けて、太い通りを渡り、鷲神社を左に見て通り越し、広場の先の八幡通りを東の方向に進むと、当山入り口に出ます。通りの右側にあります。真言宗智山派、寺号は祈念寺、山号は八幡山、旧本寺は川崎大師の平間寺(へいげんじ)、本尊は不動明王です。江戸期には郷社磐井(ごうしやいわい)神社をはじめ、附近の14社の別当(べつとう)を兼ねていました。 『新編武蔵風土記稿』には、山城国醍醐三宝院の末寺で、開山(かいさん)は運誉、開創の年代は不明といい、11世栄定が永禄10年(1567)に没しているので、かなりの古刹であろうと思われます。 また、往昔は現在の鷲神社のところに当院の大門があり、その裏手の水田の中に祈念塚とよばれる古塚があって、そこも密厳院の境域であったので、相当広大な境内を有していたのであろうとも記されています。 寺伝では、開創は文安5年(1448)、開山は乗海法印とするので、『新編武蔵風土記稿』の所伝とは相違しますが、磐井神社との関係や、当院歴世の世代が75代に及んでいることなどから、かなりの古刹であることは間違いないでしょう。 | |
密厳院のお七像境内にある石造丸彫りの地蔵菩薩立像で、像高161cm、蓮座33cm、台石23.5cmもある大きなものです。 天和2年(1682)、放火の罪に問われ、鈴が森の刑場で火あぶりの刑に処せられた八百屋お七の霊を慰めるために造立されました。台石に、 | ![]() |
庚申供養塔 お七地蔵と並んで、境内のブロック造りの小堂におさめられています。石造舟型の塔で、塔身には法界定印(ほうかいじょういん)の阿弥陀如来が半肉彫りされており、この種の庚申塔は全国的にも数少く、石造美術としても見るべき点が多くあります。 | |
密厳院の会館 平成十四年〜十六年にかけて境内整備がなされ、それに伴い本堂と庫裡も再建され、新に会館が新築されました。 会館は、宗旨・宗派を問わず、葬儀式場としてご利用いただけます。 | ![]() |
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真言宗の教え 真言宗でいちばん大切なことは、さとりです。私たち衆生の菩提心を開顕することがさとりであり、真言密教では即身成仏ともいっています。 |
真言宗の焼香のマナー
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